緊美研

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杉下なおみの会』(1985)のスナップショット。右は濡木痴夢男緊美研通信創刊号(1989)より。
熱海旅館で1985年(昭和60年)12月1日におこなわれた緊美研の第2回会合。「暖房の設備といったら旧式のオイルストープが二つだけという寒い部屋だった」とある。緊美研通信創刊号(1989)より。
熱海旅館の2階で1986年(昭和61年)2月2日におこなわれた緊美研の第4回会合。モデルは村井アキ緊美研通信第2号(1989.2)より。
熱海旅館で1986年(昭和61年)5月4日におこなわれた緊美研の第5回会合。モデルは神谷琴絵。写真は枷井克哉緊美研通信第17号(1996.9)より。
パラノイヤ1997年10月創刊号に掲載の緊美研第134回例会の様子。

概要

別名

緊縛美研究会

歴史

1976年(昭和51年)11月14日、星野小麿が1主催する写真撮影会『KPC』の分科会の1つとして緊縛写真撮影会『解語の花』がスタート。ここに濡木痴夢男が講師として招かれ、その後、1979年(昭和54年)の第20回目まで、4年間に亘り続く[1][注 1]

1980年(昭和55年)頃、『解語の花』の会員であった枷井克哉須賀忠不二秋夫濡木痴夢男と仕事を共にする豊幹一郎ユニットが「ゆたか編集室」という名義で雑誌の仕事を請け負い出す。これが緊美研の母体となる[2][注 2]

1984年(昭和59年)12月29日、不二企画のビデオ第1作が熱海旅館で撮影。後に『雨合羽と長靴』として緊美研ビデオ第1号としてリストされる[3]。岩手在住のゴムマニア、福来氏が製作。撮影は不二秋夫[1]

1985年(昭和60年)10月27日、不二秋夫が中心となり『杉下なおみの会』第1回会合を開く。

1985年(昭和60年)12月1日、熱海旅館にて第2回会合。モデルは杉下なおみと藤森奈美江。

1986年(昭和61年)2月2日、熱海旅館にて第3回会合。『緊縛美研究会』と名称を変更。モデル:村井アキ。

1986年(昭和61年)4月6日、熱海旅館にて第4回会合。モデルは神谷琴絵。

1986年(昭和61年)5月4日、熱海旅館にて第5回会合。

1986年(昭和61年)5月14日、第6回会合。

1986年(昭和61年)6月8日、第7回会合。

1986年(昭和61年)7月6日、第8回会合。

1986年(昭和61年)8月3日、第9回会合。

1986年(昭和61年)9月14日、第10回会合。

1987年頃、第18回会合が五日市市の石舟閣で開催。春原悠理がモデルとして初参加[4]

1988年(昭和63年)9月11日、渋谷初台のマンションで第32回会合。モデルは春原悠理早乙女宏美藤さとみ佐藤真弓浅野恵子も参加[5]

1989年(平成元年)1月、六本木のスタジオ・モーリスにて第36回会合。モデルは春原悠理佐藤真弓[5]

1989年(平成元年)2月5日、六本木のスタジオ・モーリスにて第37回会合。モデルは早乙女宏美春原悠理藤さとみ佐藤真弓浅野恵子も参加[5]

1989年(平成元年)2月4日[4]秋田昌美が『切腹』の取材で濡木痴夢男と初めて会い意気投合。[注 3][6]

1989年(平成元年)3月5日、第38回会合。六本木の白い家。モデルは南章子。

1989年(平成元年)春、春原悠理切腹にフーカスした不二企画のレーベル『ライトブレーン』をスタート[6][4]

1989年(平成元年)4月23日、『ライトブレーン』レーベルの第1作である『女腹切り・散華』の撮影。新宿区若葉のマンション「R」にて[5]

1989年(平成元年)4月28日、不二企画の新宿事務所がオープン。

1989年(平成元年)春、新宿の不二企画の事務所で定期的に『濡木流・縄道場』を開催開始[注 4][7]

1989年(平成元年)5月14日、新宿区若葉のマンション「R」の1Fで第40回会合。モデルは春原悠理藤さとみ[5]

1989年(平成元年)6月1日、緊美研通信を創刊。第39回会合

1991年(平成3年)11月17日、第70回例会。モデル:佐伯リカ小妻容子が出席。

1992年(平成4年)10月4日、第81回例会。モデル:扇まや

1995年(平成7年)2月日、第108回例会。モデル:近江亜紀(病み上がり)

1995年(平成7年)5月7日、第111回例会。日本家屋。モデル:山口香子川西小雪(初)。

1995年(平成7年)6月日、第112回例会。モデル:井上広子(初)、山口香子川西小雪(Sシリーズの撮影)。

1995年(平成7年)7月2日、第113回例会。新宿。モデル:井上広子(セーラー服。19歳)、[山口香子]]、夏木真鈴(初。ラビアピアス)。

1995年(平成7年)8月6日、第114回例会。モデル:佐竹万里(ニャン2倶楽部Z編集部。ピアス)、安田夏美

1995年(平成7年)9月3日、第115回例会。抜弁天スタジオ。モデル:近江亜紀夏木真鈴西宮英子夏木真鈴と刺青の完成した奈加あきらのツーショット。秋田昌美が久々に参加。TOHJIRO参加。例会の後に近江亜紀のSシリーズの撮影。磔にされた近江亜紀を褌姿の奈加あきらが鞭打つ。

1995年(平成7年)12月、緊美研通信16号に「ライトブレーンビデオは、第11作目の『黒衣の聖女③残酷な愛撫』をもって完結』『Sシリーズ、Pシリーズ、あるいはOシリーズのほうに、積極的に組み込んでいく」とある。

1997年(平成9年)、第134回の様子がパラノイヤ創刊号に紹介。モデル:近江亜紀

1997年(平成9年)秋、不二企画が目黒に緊美研SHOPをオープン。

1998年(平成10年)頃、不二企画のHPがスタート。

1998年(平成10年)5月10日、神田つばきが初参加[8]

1999年(平成11年)8月1日、第155回例会。モデル:水城紫乃

1999年(平成11年)9月5日、第156回例会。観音スタジオにて。モデル:早乙女宏美神田つばき水城紫乃西尾ゆきほ

1999年(平成11年)、緊美研通信23号が最後?157回(10月3日)

1999年(平成11年)7月、ぬれきしんぶんが創刊され、その中で緊美研の話題がしばしば出てくる。2000年(平成12年)まで続く。

1999年(平成11年)11月7日、第158回例会。モルフェス江古田スタジオにて。モデル:高田美幸。カメラ・板橋光昭。

1999年(平成11年)12月5日、第159回例会。抜弁天地下スタジオにて。

2000年(平成12年)1月9日、第160回例会。抜弁天地下スタジオにて。モデル:加藤雅子小室芹奈水城紫乃西尾ゆきほ

2000年(平成12年)2月6日、第161回開催。この後しばらく開催されない[7]

2002年(平成14年)、(有)不二企画が設立される。

2005年(平成17年)、不二秋夫が外れる。緊美研の代表も春原悠理に。

2009年(平成21年)、濡木痴夢男を中心に5月に163回、7月に164回、9月に165回例会が開催された。

2010年(平成22年)11月6日、緊美研会員が集う『緊美研別会・緊縛を語る会』が開催。

2016年(平成28年)10月16日、春原悠理主催の『奈加あきらの緊縛美研究会』第1回開催。

2018年(平成30年)6月24日、「緊縛美研究会」。ゲスト:小室芹奈

緊美研のビデオ作品

初期のモノクロコピージャケット・紙ケース仕様のVHS版は、「Kシリーズ(記録のK)」「Sシリーズ(SpecialのS)」「Oシリーズ(OnlyのO)[注 5]」シリーズとして発表されている。

Aシリーズ

Bシリーズ

20まで作られたか?

  • B-05 乳虐の世界5』(不二企画, 1984?)(出演:佐藤まゆみ 近江亜紀 佐伯リカ 野口優子)

Cシリーズ

緊美研ビデオCシリーズにまとめてある。

Kシリーズ

  • K-1 (後ろ手縛り、』(不二企画, 1989?)(出演:)

Nシリーズ

濡木痴夢男緊縛教材にまとめてある。1998年(平成10年)にNシリーズが発売開始され、1999年(平成11年)か2000年(平成12年)まで10作品(ゼロを含めると11作品)発売された。おそらく、過去の緊美研での撮影を編集したものと思われる。

Oシリーズ

140を超える作品が作られている緊美研ビデオOシリーズにまとめてある。

Pシリーズ

30近く?

Qシリーズ

Rシリーズ

Kシリーズのテープを基に「revival」版として1995年から出た作品。30近く?

RBシリーズ

11近く?

Sシリーズ

緊美研ビデオSシリーズにまとめてある。

Wシリーズ

GENシリーズ

LSDシリーズ

Ladies Secret Distraction

FBシリーズ

鼻責め・顔面なぶり

緊美研のDVD作品

主にビデオ作品が再構成されて販売されている。次のようなシリーズにまとめられた。

  • 『緊縛美』シリーズ(VHS版「O」シリーズが主体)
  • 『緊縛エロス』シリーズ
  • 『緊縛浪漫』シリーズ
  • 『緊縛イズム』シリーズ
  • 『縄と猿轡』シリーズ
  • 『女腹切り作品集』シリーズ
  • 『妊産婦緊縛』シリーズ
  • 『緊縛之真髄』シリーズ
  • 『濡木痴夢男緊縛美外伝』シリーズ

緊美研で活躍した主なモデル

関連作品

エピソード

引用文献

注釈

  1. 濡木痴夢男は『解語の花』=「緊縛撮影会」と説明しているが、「解語の花写真家倶楽部」と副題のついた『写真集 写GIRL』が少なくとも1992年まで定期的に出版されているので、認識違いが、あるいは、1979年(昭和54年)に1度終了した『解語の花』がある時期に復活したのかもしれない。
  2. 『日本緊縛写真史 1』では1970年頃となっているが、これは1980年頃の誤記であろう。
  3. その後しばらくして春原悠理とも会い、秋田昌美緊美研に出入りし春原悠理の『ライトブレーン』レーベルの作品制作などに参加する
  4. 毎週月曜の夕方。モデルは春原悠理
  5. 複数のシーンを収録したKシリーズに対し、一人のモデルだけを収めたという意味で”Only"となっている(不二企画・私信)

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