責のこれくしょん

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雑誌名19xx年(昭和xx年)x月号

せめのこれくしょん

概要

伊藤晴雨が1952年(昭和27年)に私家版として発行した書籍。

別名

発行年・出版社

発行人・編集人

内容

  • 序p1:母は武家の育ちで不美人。父は旗本の末裔だが無学の職人で酒のみ。夫婦仲はよくない。
  • 序p1:父は金属彫刻では高い技術をもつ。
  • 序p1:母の兄は才能はないが学がある。酒好きで父と仲が良い。
  • 序p1:母方の祖母は読書を好み、5才の伊藤晴雨柳亭種彦の『偐紫田舎源氏[注 1]』の話をしばしば聞かせた。
  • 序p1:家元貧しく小学校を半途にして退き、市井の丁稚小僧
  • 序p2:7歳の時母から中将姫の雪責めの物語を聞かされる。

幼き頃の思ひで

  • p1:5歳から7歳の頃からの記憶が残る。
  • p1:明治21年頃には向島曳船通りに葛飾北斎の住居がまだあった。
  • p2:白米が一斗六升(約20kg)で1円。
  • p2:職人の手間は極上で月給30銭。
  • p2:母親に連れられ毎晩のように中ノ郷の佐野屋という質屋通い。帰りには汁粉かそば屋に連れて行ってくれるので嬉しかった。
  • p2:その頃の金属彫刻師は飾り屋の少し高級なものとしてしかみなされていなかった。
  • p2:木彫りの高村光雲が大学教授になった時の月給は20円。
  • p2:藝妓の線香代が5銭、祝儀が20銭の相場。
  • p3:新聞は1ヶ月25銭、はがきが1銭、封書は2銭と割高だった。
  • p3:職人の月給は平均15銭。
  • p3:風呂屋が大人1銭2厘、子供5-8厘。
  • 天保銭がまだ使われていた。

エピソード

引用文献

注釈

  1. 「にせむらさきいなかげんじ」。紫式部の『源氏物語』を下敷きにした当時人気の長編合巻。挿絵は歌川國貞

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つながり


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