「花と蛇」の版間の差分

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1968年(昭和43年)、[[ヤマベプロ]]作品『続・花と蛇 赤い拷問』。監督:[[松原次郎]]、出演:[[谷ナオミ]]、[[たこ八郎|太古八郎]]
1968年(昭和43年)、[[ヤマベプロ]]作品『続・花と蛇 赤い拷問』。監督:[[松原次郎]]、出演:[[谷ナオミ]]、[[たこ八郎|太古八郎]]


1968年(昭和43年)6月、[[ヤマベプロ]]作品『花と蛇より 肉の飼育』。監督:[[松原次郎]]、[[山邊信夫|岸信太郎]]、出演:[[谷ナオミ]]、乱孝寿、祝真理、山本昌平、瀬川宏、宮瀬健二
1968年(昭和43年)6月、[[ヤマベプロ]]作品『花と蛇より 肉の飼育』。監督:[[松原次郎]]、[[山邊信夫|岸信太郎]]、出演:[[谷ナオミ]]、乱孝寿、祝真理、[[山本昌平]]、瀬川宏、宮瀬健二


===にっかつ===
===にっかつ===

2010年5月20日 (木) 17:02時点における版

花と蛇(はなとへび, Flower and Snake)は団鬼六の代表作であり、戦後SM文学の中心的作品でもある。1962年(昭和37年)より奇譚クラブに連載された『花と蛇』、同誌1964年(昭和39年)から連載された『続・花と蛇』、およびアブハンターに1974年(昭和49年)から連載された『花と蛇・完結編』の3部を合わせたものを『花と蛇』と呼ぶことが多い。1992年(平成4年)の太田出版でかなりの改訂がおこなわれている。映画化は1965年(昭和40年)のヤマベプロに始まり、1974年(昭和49年)のにっかつ版、2004年(平成16年)の東映ビデオ版など数多く存在するが、いずれも原作に忠実な脚本ではない。

小説

奇譚クラブ

1962年(昭和37年)、奇譚クラブ8月9月合併号に花巻京太郎の名で『創作 花と蛇』が登場。続いて、11月号、12月号に『花と蛇』第2回、第3回。

1963年(昭和38年)、第4回『花と蛇』を団鬼六の名で奇譚クラブ7月号から再開。

1964年(昭和39年)、奇譚クラブ6月号臨時増刊号で『花と蛇』特集。

1964年(昭和39年)、『花と蛇』が奇譚クラブ9月号で完結(第15回)。

1964年(昭和39年)、奇譚クラブ10月号に『鬼六談義・花と蛇』。

1964年(昭和39年)、『続・花と蛇』が奇譚クラブ11月号から連載開始。

1966年(昭和41年)、奇譚クラブ12月号臨時増刊号で『花と蛇』特集。

1968年(昭和43年)、奇譚クラブ1月号臨時増刊号で『花と蛇』特集。

1969年(昭和44年)、奇譚クラブ5月号臨時増刊号で『花と蛇』特集。

1970年(昭和45年)、奇譚クラブ8月号臨時増刊号で『花と蛇』特集。

1971年(昭和46年)、11月号で『続・花と蛇』が終了(全79回)[注 1]

SMキング

1972年(昭和47年)8月、SMキングに『劇画 花と蛇』が連載開始。画は前田寿安

1973年(昭和47年)4月、SMキング『劇画 花と蛇』最終回。

アブハンター

1974年(昭和49年)9月、アブハンターに『花と蛇・完結編』連載開始。

1975年(昭和50年)9月、アブハンター『花と蛇・完結編』終了(全12回)。

その他

2005年(平成17年)、『いちばん残酷なグリム童話』につか絵夢子画による『花と蛇』[1]

2006年(平成18年)、『新鮮組』(竹書房)に長田要画で『花と蛇』連載開始[1]

2007年(平成19年)、長田要画の『花と蛇』連載終了(69回)[1]

単行本

1970年(昭和45年)、製作:耽美館、発行所:芳賀書店による「SM耽美文学」シリーズの12、14、15,16、20、21,22,23、24として9巻が刊行。渋谷潤、曽我部泰、泉大吉の挿絵。発行者:神田保雄。

1973年(昭和48年)、団鬼六異色小説シリーズ全8巻。(桃園書房)

1973年(昭和48年)、「SMキング」増刊号「新版・花と蛇 前編」

1974年(昭和49年)、「SMキング」増刊号「新版・花と蛇 後編」

1974年(昭和49年)、「SMキング」増刊号「新版・花と蛇 完結編」

1977年(昭和52年)、『決定版 花と蛇 第1巻』(桃園書房)

1977年(昭和52年)、『決定版 花と蛇 第2巻』(桃園書房)

1977年(昭和52年)、『決定版 花と蛇 第3巻』(桃園書房)

1977年(昭和52年)、『決定版 花と蛇 第4巻』(桃園書房)

1977年(昭和52年)、『決定版 花と蛇 第5巻』(桃園書房)

1978年(昭和53年)、『決定版 花と蛇 第6巻』(桃園書房)

1978年(昭和53年)、『決定版 花と蛇 第7巻』(桃園書房)

1980年(昭和55年)5月、『花影夫人 完結 花と蛇』(東京三世社)[注 2]

1984年(昭和59年)9月-1985年(昭和60年)7月、角川文庫版『花と蛇』全8巻[注 3]

1985年(昭和60年)8月、『花と蛇 1 誘拐の巻 』『花と蛇 2 涕泣の巻』『花と蛇 3 飼育の巻』(富士見文庫)[注 4]

1985年(昭和60年)9月、『花と蛇 4 調教の巻 』『花と蛇 5 憂愁の巻』(富士見文庫)

1985年(昭和60年)10月、『花と蛇 6 羞恥の巻 』(富士見文庫)

1985年(昭和60年)11月、『花と蛇 7 屈辱の巻 』(富士見文庫)

1985年(昭和60年)12月、『花と蛇 8 号泣の巻 』(富士見文庫)

1986年(昭和61年)2月、『花と蛇〈9 完結編〉 』(富士見文庫)

1992年(平成4年)12月、『花と蛇〈上 調教篇〉』(太田出版)[注 5]

1993年(平成5年)2月、『花と蛇〈中 開花篇〉』(太田出版)

1993年(平成5年)3月、『花と蛇〈下 爛熟篇〉』(太田出版)

1999年(平成11年)4月、幻冬舎アウトロー文庫『花と蛇』全10巻[注 6]

2006年(平成18年)1月、長田要 コミック版『花と蛇(第1集)』(竹書房)

2006年(平成18年)1月、長田要 コミック版『花と蛇(第2集)』(竹書房)

2007年(平成19年)5月、長田要 コミック版『花と蛇(第3集)』(竹書房)

2009年(平成21年)3月、長田要 コミック版『花と蛇(第4集)』(竹書房)

映画

ヤマベプロ

1965年(昭和40年)、山邊信夫と共に『花と蛇』を制作。監督:小林悟[2]助監督:若松孝二[2]、緊縛師:団鬼六[2]、出演:紫千鶴、配給:東京企画[2][注 7]

1966年(昭和41年)、ヤマベプロ作品『花と蛇より 骨まで縛れ』。監督:高木丈夫、出演:火鳥こずえ、

1968年(昭和43年)、ヤマベプロ作品『続・花と蛇 赤い拷問』。監督:松原次郎、出演:谷ナオミ太古八郎

1968年(昭和43年)6月、ヤマベプロ作品『花と蛇より 肉の飼育』。監督:松原次郎岸信太郎、出演:谷ナオミ、乱孝寿、祝真理、山本昌平、瀬川宏、宮瀬健二

にっかつ

1974年(昭和49年)、にっかつ『花と蛇』(監督:小沼勝、緊縛指導:浦戸宏、主演:谷ナオミ) 。

1985年(昭和60年)、にっかつ『花と蛇 地獄篇』(監督:西村昭五郎、主演:麻生かおり) 。

1986年(昭和61年)、にっかつ『花と蛇 飼育篇』(監督:西村昭五郎、緊縛指導:浦戸宏、主演:小川美那子) 。

1986年(昭和61年)、にっかつ『花と蛇 白衣縄奴隷』(監督:西村昭五郎、緊縛指導:浦戸宏、主演:真咲乱) 。

1987年(昭和62年)、にっかつ『花と蛇 究極縄調教』(監督:浅尾政行、緊縛指導:浦戸宏、主演:速水舞) 。

東映ビデオ

2004年(平成16年)、東映ビデオ『花と蛇』(監督:石井隆、緊縛指導:有末剛、主演:杉本彩) 。

2005年(平成17年)、東映ビデオ『花と蛇2 パリ/静子』(監督:石井隆、緊縛指導:有末剛、主演:杉本彩) 。

2010年(平成22年)、東映ビデオ『花と蛇3』(監督:成田裕介、緊縛指導:有末剛、主演:小向美奈子) 。

芝居

2007年(平成19年)2月1日−4日、月蝕歌劇団『花と蛇』下北沢本多劇場 (制作:中原研一、演出:高取英、音楽:J. A. シーザー、宣伝美術:吉田光彦、主演:三坂知絵子、緊縛師:有末剛)[注 8]

その他

2004年(平成16年)2月21日、『「花と蛇」密着写真集 官能遊戯』(東映ビデオ)

2004年(平成16年)2月、『映画花と蛇生写真集』(メディア・クライス)

2005年(平成17年)4月26日、『愛蔵限定版写真集「花と蛇 2」パリ/静子』(KKロングセラーズ)

2005年(平成17年)5月1日、天野喜孝『画集「花と蛇」』(太田出版)

2005年(平成17年)8月5日、ゲーム『花と蛇』(エルフ)

2006年(平成18年)7月21日、『花と蛇 The Animation 第1章 麗しき無惨花』(TMC)

2006年(平成18年)8月24日、『花と蛇 The Animation 第2章 恥辱の檻』(TMC)

2006年(平成18年)9月22日、『花と蛇 The Animation 第3章 終わりなき性地獄』(TMC)

2007年(平成19年)12月1日、『花と蛇 The Animation コンプリート・エディション』(TMC)

主な登場人物

  • 遠山静子:遠山隆義の後妻
  • 遠山隆義:遠山隆義の後妻
  • 遠山桂子:遠山隆義の前妻の娘
  • 川田一夫:遠山家の運転手
  • 田代一平:

エピソード

  • 千草忠夫は熱烈な『花と蛇』の支持者で、団が三崎で英語教師をしていた頃、三崎まで訪問。その後、夏休み毎に三崎を訪問し、1週間ばかり団の家に泊まっていた[3]

引用文献

  1. 1.0 1.1 1.2 花と蛇年代記より。
  2. 2.0 2.1 2.2 2.3 山邊信夫氏へのインタビュー by U (2010.5.2)
  3. 西村京太郎・団鬼六『昭和ヒトケタ世代の現役宣言』幻冬舎『花は紅―団鬼六の世界』pp42-pp52 (幻冬舎, 1999)

お役たちweb

注釈

  1. これ以降、団鬼六奇譚クラブに小説を書いていない。
  2. アブハンター連載分のみをまとめたもの。
  3. 奇譚クラブアブハンター連載分をまとめたもの。ただし、完結前に終了。
  4. 奇譚クラブアブハンター連載分をまとめたもの。
  5. この太田出版版でかなりの加筆改訂がおこなわれている。
  6. 太田出版版をさらに加筆訂正。
  7. 奇譚クラブ1965年(昭和40年)8月号『鬼六談議 映画「花と蛇」』で撮影秘話。9月号には、橘行司子『映画「花と蛇」遂に完成 その朗報を背景に生きた編集ますます快調』、11月号には、魔猿生『映画通信 映画「花と蛇」を見る』、12月号には、藤村若葉『嗚呼、鼻、鼻、鼻。映画「花と蛇」に見る鼻責め』。]1966年(昭和41年)5月号には、橘雅美『映画「花と蛇」鑑賞記』、6月号には、立町老梅『私の空想 花と蛇の配役と感想』
  8. 『月蝕歌劇団 花と蛇』(ティーエムシー、2007)としてDVD化。