「麿赤兒」の版間の差分
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2014年5月5日 (月) 20:55時点における版
まろ あかじ、1943年(昭和18年)2月23日ー
概要
舞踏家、演出家。SM文化とは直接関係はないが、あちらこちらで接点がある。
別名
略歴
1943年(昭和18年)2月23日、奈良県に生まれる。
1950年代、早稲田大学文学部哲学科入学。
1950年代、山本安英の「ぶどうの会」に入団するが、劇団は半年後に解散。
1964年(昭和39年)、唐十郎の劇団状況劇場に参加。同じ頃、土方巽のアトリエに出入りするようになり、金粉ショーのアルバイト。
1969年(昭和44年)12月12日、唐十郎の状況劇場と天井桟敷が乱闘事件。寺山修司、橋本光史、唐十郎、麿赤兒らが逮捕。
1972年(昭和47年)、大駱駝艦を設立、
1972年(昭和47年)9月、清風書房から創刊された『秘録SM21』に連載。
1973年頃、玉井敬友のシアター喫茶・スキャンダルにて玉井敬友と共に坂本龍馬の寸劇を公演している。
エピソード
- 麿赤兒の初監督作品が花真衣主演の『性獣のいけにえ』[1]
- 玉井敬友は麿赤兒の大駱駝艦稽古場(大森)にしばしば足を運び舞踏の基礎を学んでいる[2]。
- 「山海塾」の天児牛大など著名な舞踏家が大駱駝艦出身。
代表作
- 『荒野のダッチワイフ』(国映, 1967.10.3)(製作:矢元照雄、監督・脚本:大和屋竺、撮影:甲斐一、音楽:山下洋輔、出演:渡みき 港雄一 山本昌平 津崎公平 辰巳典子 麿赤兒 大久保鷹 山谷初男)
- 『性獣のいけにえ』(オフィスツー, 1984.7)(配給:新東宝、製作:大阿久和夫、監督:麿赤兒、脚本:丸山良尚、出演:花真衣紫衣名 伊藤清美 古川あんず 三宅優司 松田政男 大杉漣)
- 『新宿泥棒日記』(創造社, 1969)(監督:大島渚、脚本:田村孟、佐々木守、足立正生、大島渚、出演:横尾忠則、横山リエ、田辺茂一、高橋鐵、佐藤慶、渡辺文雄、戸浦六宏、唐十郎、麿赤兒、李礼仙、大久保鷹、不破万作、九頭登、藤原マキ、山中広介、四谷シモン、若林美宏)