明治座
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概要
別名
喜昇座、久松座、千歳座
所在地
東京都中央区日本橋浜町2-31-1
歴史
1873年(明治6年)、喜昇座として開座。その後、久松座、千歳座と名前を変える。
1889年(明治22年)、歌舞伎座でオープンしたこの頃の公認劇場は、大劇場が歌舞伎座、明治座、深野座(新富座)、市村座、春木座、鳥越座で小劇場は浅草常盤座、下谷柳盛座、中州真砂座、浅草宮戸座、本所寿座、神田三崎座、赤坂演技座、駒形浅草座、四谷瓢座、根岸栄座、下谷開盛座、深川深川座だった。
1893年(明治26年)、初代市川左團次が明治座と改名。
1906年(明治39年)頃、伊藤晴雨が、懇意になった鳥越警察の巡査に市川左團次の公演に連れて行ってもらっている[1]。
1916年(大正5年)頃、大谷竹治郎に乞われ、伊藤晴雨は歌舞伎座、新富座、明治座の看板、番付、舞台装置などを担当[2]。
1993年(平成5年)、 浜町センタービル内に創建から7代目となる新明治座が開場。
エピソード
引用文献
- ↑ 福富太郎・編『伊藤晴雨 自画自伝』(新潮社, 1996)
- ↑ 『幻の責め絵師 伊藤晴雨』芸術新潮 1995年(平成7年)4月号, 新潮社