「耽奇小説」の版間の差分

提供:SMpedia
 
(同じ利用者による、間の4版が非表示)
1行目: 1行目:
[[画像:magagine.jpg|150px|thumbnail|雑誌名19xx年(昭和xx年)x月号]]
[[画像:tankisyousetu.jpg|150px|thumbnail|[[耽奇小説]] 1958年(昭和33年)9月号]]
'''雑誌名'''』()は、xxx。
'''たんきしょうせつ'''


== 概要 ==
== 概要 ==
1958年(昭和33年)、『裏窓』の臨時増刊号として[[中田雅久]]により[[久保書店]]から発刊。何号か出ている。
1958年(昭和33年)2月に『[[裏窓]]臨時増刊第5集 [[耽奇小説]]』として[[中田雅久]]により[[久保書店]]から発行。後に増刊号扱いから独立月刊誌『[[耽奇小説]]』となる。『[[裏窓]]』増刊号として3冊、『[[耽奇小説]]』として6冊、合計9冊発行された。
== 発行年・出版社==
1958年(昭和33年)から1959年(昭和34年)まで[[久保書店]]。
== 発行人・編集人==
『裏窓臨時増刊』は、編集人:[[中田雅久]]、発行人:[[山田忠雄]]


== 発行年・出版社==
『耽奇小説』は、編集人:松本祐三、発行人:[[山田忠雄]]


== 発行人・編集人==
1958年(昭和33年)11月増刊号と1959年(昭和34年)2月号は編集人:島本春雄


== 主な出来事==
== 主な出来事==
1958年(昭和33年)2月、『[[裏窓]]臨時増刊第5集 [[耽奇小説]]』として編集人:[[中田雅久]]で発行。
1958年(昭和33年)、『[[裏窓]]臨時増刊第7集 [[耽奇小説]]第3号』
1958年(昭和33年)9月、『[[裏窓]]』の増刊号扱いから『[[耽奇小説]]』へ独立。
1959年(昭和34年)2月、終刊<ref group="注">編集部員は『[[マンハント]]』や『[[裏窓]]』へ配属されたと思われる。</ref>。


== エピソード==
== エピソード==
*独立当初、企画や編集アイディアについて読者から意見募集を求めている。
*[[濡木痴夢男]]も[[濡木痴夢男|飯田豊吉]]名義で作品を寄稿。
== 引用文献==
== 引用文献==
<references/>
<references/>

2016年3月4日 (金) 08:41時点における最新版

耽奇小説 1958年(昭和33年)9月号

たんきしょうせつ

概要

1958年(昭和33年)2月に『裏窓臨時増刊第5集 耽奇小説』として中田雅久により久保書店から発行。後に増刊号扱いから独立月刊誌『耽奇小説』となる。『裏窓』増刊号として3冊、『耽奇小説』として6冊、合計9冊発行された。

発行年・出版社

1958年(昭和33年)から1959年(昭和34年)まで久保書店

発行人・編集人

『裏窓臨時増刊』は、編集人:中田雅久、発行人:山田忠雄

『耽奇小説』は、編集人:松本祐三、発行人:山田忠雄

1958年(昭和33年)11月増刊号と1959年(昭和34年)2月号は編集人:島本春雄

主な出来事

1958年(昭和33年)2月、『裏窓臨時増刊第5集 耽奇小説』として編集人:中田雅久で発行。

1958年(昭和33年)、『裏窓臨時増刊第7集 耽奇小説第3号』

1958年(昭和33年)9月、『裏窓』の増刊号扱いから『耽奇小説』へ独立。

1959年(昭和34年)2月、終刊[注 1]

エピソード

  • 独立当初、企画や編集アイディアについて読者から意見募集を求めている。
  • 濡木痴夢男飯田豊吉名義で作品を寄稿。

引用文献

注釈

  1. 編集部員は『マンハント』や『裏窓』へ配属されたと思われる。

お役たちweb

つながり