縄師

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概要

緊縛師(きんばくし)』『縛師(ばくし)』『縄師(なわし)』などは、縛り手を意味する単語である。それぞれの単語がいつ頃生まれたのか調査中であるが、濡木痴夢男によると、須磨利之は1958年(昭和33年)頃には、『縄師』と自称していたらしい。文献的には1969年(昭和44年)の奇譚クラブに『緊縛師』のタイトルのついた記事が存在する。

英語表記

資料

濡木痴夢男関連資料

単なる縛り係のことを、もっともらしく、「縄師」だなんて言いだしたのは、一体、どこのどいつだ?どこのどいつか、私は知っているのである。いちばんはじめに言い、名乗ったのは、じつは、美濃村晃なのだ。
美濃村晃が、「縄」への限りない愛着と、そして自虐と自嘲と韜晦を綯い交ぜにした複雑な心で、その夜、新宿のいきつけの某酒場で口走ったのだ。「私は、縄師をやっています」「私は、縄師をやっているヘンタイ男の須磨です。スケベのス、マヌケのマで、スマといいます。どうぞよろしく」このときの美濃村晃は、「裏窓」の編集長であった。一九五八年。
「縄師」という奇妙な呼称は、自分の根強い劣等感と、すこしでも克服しようという意志から出ている。(「縄師」という新語を考え出した人、つまり美濃村晃がそう言っていた。つまり自称です)「師」という字をつければ、だれかが間違って、本当に「師」と呼ばれるほどの偉い人だと錯覚し、自分の抱いている劣等感を、すこしでもまぎらわすことができるのではないか……。
「縛師」……バクシ。語感の汚ない、いやなひびきの言葉です。私はバクシだなんて呼ばれたら、いっそう劣等感を抱いてしまい、その場に居たたまれなくなる。バカにされてる、と本気で思ってしまう。

長田英吉関連資料

  • 「縛ることを「緊縛」と日本で初めて表した[注 1]」「「どーもなぁ、”縄師”っていわれるのは好かないなぁ。それより、”緊縛師”の方がピッタリくる」長田一美

明智伝鬼関連資料

  • 『看板』乱田舞「乱舞」コラム2012年6月22日
俺は「緊縛師」親友の泉屋が作ってくれた看板。そして「縄師」を明智伝鬼の看板として作ったのも泉屋。三人で「看板の特許」を申請しようと考え、調べたらとんでもない金額・・・三人であきらめた。

緊縛師を好んで使っている人

有末剛 神威十兵衛 長田英吉 奈加あきら 春兜京 神浦匠 乱田舞

縄師を好んで使っている人

明智伝鬼 風見蘭喜 神凪 Monko 美濃村晃

縛師を好んで使っている人

雪村春樹

引用文献

注釈

  1. 伊藤晴雨は初期の作品から「緊縛」という単語を頻用している。演劇用語としてかなり昔から使われていたものと思われる。

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