春原悠理

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すのはら ゆうり、19??年(昭和??年)-

概要

緊美研のモデルから、中心スタッフとなり緊美研を支える。2005年(平成17年)からは代表。

別名

ありす

略歴

1985年(昭和60年)頃、モデルとして活動開始[1]

1987年頃、緊美研の第18回会合が五日市市の石舟閣で開催。春原悠理がモデルとして初参加[2]

1988年(昭和63年)、SMセレクト8月号増刊「調教塾」でのコルドンブルー紹介記事に、ミストレス(ありす)としてインタビューされている。

1989年(平成元年)2月4日[2]秋田昌美が『切腹』文化の取材で濡木痴夢男と初めて会い意気投合。春原悠理ともこの時初めて会いその後、秋田昌美緊美研に出入りするようになり切腹ビデオの制作などに参加する[3]

2005年(平成17年)、不二秋夫緊美研を離れ、以後春原悠理緊美研の代表となる。

2013年(平成25年)4月28日、スタジオ六本木倶楽部での奈加あきらによる『縄奈加會』にゲスト出演。

2016年(平成28年)10月16日、春原悠理主催の『奈加あきらの緊縛美研究会』第1回開催。

エピソード

代表作

引用文献

  1. 本人からの情報
  2. 2.0 2.1 春原悠理 私信 to U, 2014.7.13
  3. Trevor Brownによる1992年の秋田昌美へのインタビューより。

注釈


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つながり

緊美研 切腹