新樹書房
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あらきしょぼう
概要
戦後まもなく文芸雑誌などを出版していた。1958年(昭和33年)頃から路線変更し辰巳出版、三世社とならびエロ本出版の老舗的な存在となる。「夫婦生活」の編集を辞めた高倉一が関与。
歴史
1946年(昭和21年)7月、『文藝サロン』創刊。
1948年(昭和23年)、『讀切講談世界』を出版している。
1958年(昭和33年)、「夫婦生活」の編集を辞めた高倉一が老舗出版社の春陽堂をバックに『女の百科』を創刊[1]。
所在地
東京都足立区千住4-49 1948年(昭和23年)頃
はじめは春陽堂のビルの三階に編集部を置く[1]。
事業
雑誌
- 『文藝サロン』(1946.7-)
- 『讀切講談世界』(1948-)
- 『女の百科』(1958-)
- 『週刊漫画Q』
- 『週刊特報』(1961.2.22 - )
- 『医学と事件』
- 『TANTAN』
- 『週刊情報』(1970年頃)
- 『週刊情報臨時増刊 おとなのための愛の絵本 第1集』1970年(昭和45年)10月[注 1]
- 『季刊ドラキュラ』(1973)(唐十郎責任編集)
書籍
エピソード
- 「新樹書房っていうのは、はじめからぼく(高倉一)がタッチしてたんだ。新樹書房のバックは春陽堂[注 2]、昔は文学の名門ですよ。」[1]。
- 「編集部長をしていたW氏が大亜出版(のちのダイアプレス)を作り、営業部長だったS氏は若生出版を作った。」[1]。