山本一章

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山本一章による縛り。モデルは谷山久美子

やまもと かずあき、1927年(昭和2年)頃[注 1]-。1960年代に「奇譚クラブ」に『カメラルポ この女と』シリーズを連載していた関西のマニア。目隠しや猿轡で五官をもぎ取る精神的な責めが特徴。 辻村隆明智伝鬼と交流。

概要

緊縛師。大阪在住のSMマニアで奇譚クラブに小説『痴人の糧』シリーズ、ルポ『カメラルポ この女と』シリーズを1960年代後半に投稿をしていた。その後SUN&MOON誌に『カメラルポ』シリーズ。

別名

Kazuaki Yamamoto、いっしょう[注 2]

略歴

エピソード

  • 明智伝鬼が2005年のインタビューで「山本一章と一緒に練習したりパートナーを交換したりした」と述べている[1]
  • 「目隠し」「耳栓」「猿轡」が特徴[2]
  • 辻村隆が「(山本一章の縛りは)縦縄で股縛りして、横縄を、胸、腹、股とかけてゆくといった、”キの字型”の緊縛(が特徴)」「あなたの緊縛も体分きついですネ」「殆どが、目隠し、猿轡になっている」「山本さんのは単に口を上から手拭いか布で蔽うといったやり方ではなくて、縄を使って、口をあけさせておき、くびれるくらいに深く縄を食い込ませてあげる」「横縛りの縄は、たすきに掛けたものや、二の腕を何重にも巻いて、締め上げたものがとても多い」と指摘[3]
  • 山本一章辻村隆との対談で「単に体の緊縛だけではなく、五官のすべてをもぎとってやりたい」「肉体的、精神的の両面から、責めの極限ぎりぎりを追求して、その時の女の被虐の様相を見極めて見たい」「(木村洋子さんを)フォトでは目隠しと猿轡だけのように見えますが、実際は耳にも綿をつめ、鼻孔にもつめまして、辛うじて呼吸出来得る状態にした」[3]
  • 仕事で上京時、マルゴあたりに出没し独自の方法でハントしている[2]
  • 1965年頃に18,9才のソープ嬢でM性の強い榎本葉子と知り合う。この経験が『知人の糧』の素材となっている[3]
  • 左近麻理子の名は山本一章氏が付けた。
  • 浦戸宏が「山本は単独プレイ派、ロマン派生は複数プレイは、それに早坂信治派と、マイナーな鈴井是雄村上信也などがいる」「山本は綿ロープをわざわざ汚して使う」と説明[4]

代表作

引用文献

  1. 長田スティーブによるインタビュー(2005年7月)。Tokyo Boundで公開。
  2. 2.0 2.1 辻村隆『SMカメラハント 特訓プレイ妻 佐野みさ子の巻』奇譚クラブ1972年(昭和47年)12月号
  3. 3.0 3.1 3.2 辻村隆辻村隆山本一章対談 緊縛モデル秘奥談義』奇譚クラブ1967年(昭和42年)5月号, p26
  4. SUN&MOON1978年(昭和53年)8,9月号

注釈

  1. 辻村隆辻村隆山本一章対談 緊縛モデル秘奥談義』奇譚クラブ1967年(昭和42年)5月号, p26で、辻村隆が6, 7才年上であると述べていることから逆算。
  2. 「かずあき」が正式名だが、「いっしょう」と呼ばれていた。

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