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'''SUN&MOON'''』(さんあんどむーん)は、SM雑誌である。
[[画像:sunmoon.jpg|250px|thumbnail|[[SUN&MOON]] 1977年(昭和52年)3月創刊号]]
 
'''さんあんどむーん'''。1977年(昭和52年)、世田介一が創刊。翌年「[[サンアンドムーン]]」に誌名変更。[[山本一章]]、[[ロマン派生]]、[[六本木薫]]、[[志摩紫光]]、[[浦戸宏]]らが寄稿。
== 概要 ==
== 概要 ==
1977年(昭和52年)、3月1日に[[世田介一]]を中心に発刊。1977年(昭和52年)12月15日の第6号で終わる。[[サンアンドムーン]]へと続く。
1977年(昭和52年)[[世田介一]]が[[奇譚クラブ]]を意識して作ったSM雑誌。副題は『愛を見つめる雑誌』。限定3000部。12月まで発行されたが、翌年、[[サンアンドムーン]]と名前を変えて引き継がれる。[[山本一章]]、[[ロマン派生]]などの[[奇譚クラブ]]の投稿していた顔ぶれに加え、[[六本木薫]]、[[志摩紫光]]が登場。


== 発行年・出版社==
== 発行年・出版社==
発行所=日月舎、編集・発行人=[[世田介一]] 千代田区西神田1-4-13 新神田ビル
1977年(昭和52年)3月から12月。発売元[[エド・プロダクツ]]、千代田区西神田1-4-13 新神田ビル、発行所=[[日月舎]]


== 発行人・編集人==
== 発行人・編集人==
編集・発行人=[[世田介一]]
== 主な出来事==
1977年(昭和52年)3月1日、創刊号。[[六本木薫]]が参加している。
1977年(昭和52年)6月、第2号。
1977年(昭和52年)7月、第3号。[[六本木薫]]の名が消える。
1977年(昭和52年)10月、第4号。[[志摩紫光]] <ref group="注">会社の同僚とのプレイが書いてあるので、まだ新聞社勤務していたのかもしれない。</ref>、[[ロマン派生]]が登場。
1977年(昭和52年)11月、第5号。[[浦戸宏]]が登場<ref group="注">カメラハントのような記事。カメラマンは[[世田介一]]が急遽これないのでSカメラマンが同行と書いている。</ref>。


== 主な出来事==
1977年(昭和52年)12月15日、第6号。


1978年(昭和53年)2月25日、[[サンアンドムーン]]と名前を変えて引き継がれる。


1980年(昭和55年)2月25日、[[日月舎]]企画・編集、[[エド・プロダクツ|エドプロ]]製作・販売で「ORIGINAL "SUN&MOON"復刊誌『'''[[THE HIGH SUN&MOON]]'''』[[世田介一]]を編集人に発刊。
== エピソード==
== エピソード==
*[[ロマン派生]]『沢田多恵の青春彷徨』[[復活奇譚クラブ]]1982年(昭和57年)4月号, [http://nawa-art.com/backnumber/1980/198204/02/104.html p104]にSUN&MOONとビニ本のことが書かれている。
*サブタイトルが「愛の提言誌」
 
*[[SUN&MOON]]別冊グラフ誌『マゾ牝虐艶集』([[エド・プロダクツ]], 1977)
== 脚注==
==別冊==
*『'''[[ビーコン]]'''』
:B5サイズのビニ本仕様
*『'''The Beacon 別冊 [[SUN & MOON]] No.2'''』([[エドプロダクツ]], 不明) 1977年(昭和52年)10月頃
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画像:sunmoon.jpg|[[SUN&MOON]] 1977年(昭和52年)3月創刊号
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== 引用文献==
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==注釈==
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== お役たちweb==
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2024年8月28日 (水) 07:51時点における最新版

SUN&MOON 1977年(昭和52年)3月創刊号

さんあんどむーん。1977年(昭和52年)、世田介一が創刊。翌年「サンアンドムーン」に誌名変更。山本一章ロマン派生六本木薫志摩紫光浦戸宏らが寄稿。

概要

1977年(昭和52年)に世田介一奇譚クラブを意識して作ったSM雑誌。副題は『愛を見つめる雑誌』。限定3000部。12月まで発行されたが、翌年、サンアンドムーンと名前を変えて引き継がれる。山本一章ロマン派生などの奇譚クラブの投稿していた顔ぶれに加え、六本木薫志摩紫光が登場。

発行年・出版社

1977年(昭和52年)3月から12月。発売元エド・プロダクツ、千代田区西神田1-4-13 新神田ビル、発行所=日月舎

発行人・編集人

編集・発行人=世田介一

主な出来事

1977年(昭和52年)3月1日、創刊号。六本木薫が参加している。

1977年(昭和52年)6月、第2号。

1977年(昭和52年)7月、第3号。六本木薫の名が消える。

1977年(昭和52年)10月、第4号。志摩紫光 [注 1]ロマン派生が登場。

1977年(昭和52年)11月、第5号。浦戸宏が登場[注 2]

1977年(昭和52年)12月15日、第6号。

1978年(昭和53年)2月25日、サンアンドムーンと名前を変えて引き継がれる。

1980年(昭和55年)2月25日、日月舎企画・編集、エドプロ製作・販売で「ORIGINAL "SUN&MOON"復刊誌『THE HIGH SUN&MOON世田介一を編集人に発刊。

エピソード

別冊

B5サイズのビニ本仕様

引用文献

注釈

  1. 会社の同僚とのプレイが書いてあるので、まだ新聞社勤務していたのかもしれない。
  2. カメラハントのような記事。カメラマンは世田介一が急遽これないのでSカメラマンが同行と書いている。

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