SMセレクト

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SMセレクト1971年(昭和46年)6月号
SMセレクト1976年(昭和51年)2月号より藤見郁淫花が裂けた倒錯の罠』。挿絵は林月光
SMセレクト1982年(昭和57年)4月号のグラビアより『花芯凌す繩』。

えすえむせれくと。1970年(昭和45年)に東京三世社から創刊。70年代からのSM戦国時代を導く。一部独立してサン出版からSMコレクター司書房からSMファン

概要

東京三世社が1970年(昭和45年)11月に創刊したSM雑誌。70年代、80年代のSM雑誌ブームの口火を切った重要な雑誌。創刊には宮坂信仙田弘須磨利之などが関わるが、やがて宮坂信須磨利之サン出版を設立しSMコレクターを創刊。その少し前には東京三世社にいた石川精亨他3名が司書房に移りSMファンを創刊。SM雑誌戦国時代へと突入する。1973年(昭和48年)頃から濡木痴夢男が緊縛を担当している。

発行年・出版社

1970年(昭和45年)11月〜1990年 東京三世社

発行人・編集人

編集人:仙田弘、発行人:石田昇(1976)

編集人:山根麗子、発行人:石田昇(1982)

編集発行人:兼田和雄(1990)

主な出来事

1970年(昭和45年)11月、『実話雑誌』11月増刊号としてSMセレクトが発売。宮坂信仙田弘などが関わる。

1971年(昭和46年)1月、SMセレクト1月号が発売。隔月から月刊に代わり、2月号発行。3月号は準備不足で休刊[1]

1971年(昭和46年)6月、グラビアに池玲子が登場。

1971年(昭和46年)9月、喜多玲子の『妖花無残』が掲載。

1971年(昭和46年)7月、石川精亨他3名が司書房に移りSMファンが誕生[1]

1972年(昭和47年)7月、宮坂信が退社してサン出版を設立しSMコレクターが誕生。

1973年(昭和48年)11月16日、濡木痴夢男SMセレクトの撮影で花沢正治花沢スタジオを初めて訪問している[2]

1976年(昭和51年)、濡木痴夢男杉浦則夫のコンビ作品が8月号あたりから登場。

別冊・増刊号

エピソード

引用文献

  1. 1.0 1.1 仙田弘『総天然色の夢』(本の雑誌社, 2001)
  2. 濡木痴夢男仕事メモ

注釈

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