「後手高手小手」の版間の差分

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==参考となる文献教材==
==参考となる文献教材==
*[[辻村隆]]・[[塚本鉄三]]『[[後手高手小手|後手]]と[[後手高手小手|高手小手]]による緊縛美の考察』[[奇譚クラブ]]1953年(昭和28年)4月号, [http://nawa-art.com/backnumber/1950/195304/01/006.html グラビア]
*[[辻村隆]]・[[塚本鉄三]]『[[後手高手小手|後手]]と[[後手高手小手|高手小手]]による緊縛美の考察』[[奇譚クラブ]]1953年(昭和28年)4月号, [http://nawa-art.com/backnumber/1950/195304/01/006.html グラビア]
*[[塚本鉄三]]『'''緊縛フオト撮影の実際 首縄と後手縛り'''』[[奇譚クラブ]]1962年(昭和37年)4月号, [http://nawa-art.com/backnumber/1960/196204/01/030.html グラビア]
*『'''黒縄後手高手小手棒責め'''』[[奇譚クラブ]]1964年(昭和39年)2月号, [http://nawa-art.com/backnumber/1960/196402/01/009.html グラビア](モデルは[[絹川文代]])
*『'''黒縄後手高手小手棒責め'''』[[奇譚クラブ]]1964年(昭和39年)2月号, [http://nawa-art.com/backnumber/1960/196402/01/009.html グラビア](モデルは[[絹川文代]])
*[[杉原虹児]]『'''[[後手高手小手|高手小手]]'''』[[奇譚クラブ]]1954年(昭和29年)4月号, [http://nawa-art.com/backnumber/1950/195404/01/011.html グラビア]
*[[杉原虹児]]『'''[[後手高手小手|高手小手]]'''』[[奇譚クラブ]]1954年(昭和29年)4月号, [http://nawa-art.com/backnumber/1950/195404/01/011.html グラビア]
*[[塚本鉄三]]『緊縛フォト撮影の実際:[[後手高手小手|高手小手]]縛りの一例』[[奇譚クラブ]]1961年(昭和36年)9月号, [http://nawa-art.com/backnumber/1960/196109/196109_036.html グラビア]
*[[塚本鉄三]]『緊縛フォト撮影の実際:[[後手高手小手|高手小手]]縛りの一例』[[奇譚クラブ]]1961年(昭和36年)9月号, [http://nawa-art.com/backnumber/1960/196109/196109_036.html グラビア]
==参考となる緊縛教材==
==参考となる緊縛教材==
*[[ジョー田中]]『'''[[SM教室縛り編]]'''』([[ARROW]], 1982)
*[[ジョー田中]]『'''[[SM教室縛り編]]'''』([[ARROW]], 1982)

2012年2月16日 (木) 20:52時点における版

ごてたかてこて(うしろでたかてこて)

別名

後手縛り、高手小手、後高手小手、後ろ高手小手、後ろ手縛り、後小手縛り、後手胸縄縛り

英語表記

解説

後手縛りは両手首を背中側で縛る縛り方を意味し、対義語は前手縛りで、両手首を体の前側で縛る縛り方である[注 1]小手は「手首と肘との間」を意味し、高手は「二の腕」、すなわち上腕部を意味する。したがって、後手高手小手縛りは、背中側で、両手首と二の腕を拘束する縛り方である[注 2]。異なった解説として、高手を「手を高く持ち上げる」と解釈し、両手首を背中の高い位置で縛る縛り方とするものもある。

参考となる文献教材

参考となる緊縛教材

いろいろな緊縛師の後手高手小手の特徴

後手高手小手のいろいろ参照。

引用文献

注釈

  1. 日本では、逮捕者に前手状態で手錠をかけるのが特徴で、米国では後手状態で手錠をかける
  2. 辻村隆などの解釈。

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