塚本鉄三

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塚本鉄三「渓流に縛られて」奇譚クラブ1953年(昭和28年)11月号

つかもと てつぞう、(生年不明)。1950年代から奇譚クラブと共に活動した緊縛師・写真家。1953年に出版された『美しき縛しめ』(曙書房)の写真を担当している。「カメラ・ルポルタージュ」「S研レポート」などの多くの連載を執筆。

概要

写真家。緊縛師。奇譚クラブの初期の段階から1975年(昭和55年)3月号の週刊号まで作品と発表し続けた。

別名

Tetsuzo Tsukamoto

略歴

1950年(昭和25年)頃 緊縛写真を撮影開始。

1953年(昭和28年)12月、『美しき縛しめ』(曙書房)での撮影担当。緊縛は須磨利之(第一集)、辻村隆(第二集)

1963年(昭和38年)10月、奇譚クラブ臨時増刊号として『文献』を出版。

1970年(昭和45年)、奇譚クラブ10月号から「カメラ・ルポ」シリーズ。

1975年(昭和55年)、『カメラとペンのSMルポルタージュ」

エピソード

  • 大阪南のDストリップ劇場でストリッパーたちの宣伝スチール写真を撮っていた。新聞社の記者だったという記述も[1]
  • 浦戸宏が「塚本は縞の縄をよく使っていたが、これは鞄の芯の縄であった」と説明[2]
  • お気に入りのモデルは関谷富佐子[3]
  • 四馬孝と仲が良く、同じモデルを塚本が写真撮影、四馬がデッサンしていた[3]

代表作

  • 1970年12月の別冊奇譚クラブ「女体緊縛の醍醐味を語る」

緊縛フオトの実際

カメラ・ルポルタージュ

[カメラ]と[ペン]のSMルポルタージュ

  • 塚本鉄三観世音菩薩の化身<福竜(松本たえ)の巻>奇譚クラブ1972年(昭和47年)7月号
  • 塚本鉄三カメラとペンのルポ 憂愁と孤独の住人高村浩子の巻』奇譚クラブ1974年(昭和49年)6月号
  • 塚本鉄三「一盗」の味噛みしめる初夏の宵 他人の関係=藤坂弘氏と玉木章子の間高村浩子の巻』奇譚クラブ1974年(昭和49年)8月号, p30
  • 塚本鉄三ブルーディの休日<新入荷”白豚”飼育調教日記より>奇譚クラブ1975年(昭和50年)1月号, p30 山口艶子
  • 塚本鉄三捨身の女、菊子のすべて奇譚クラブ1975年(昭和50年)2月号, p30

S研レポート

  • 塚本鉄三[SM研究会]の提唱奇譚クラブ1973年(昭和48年)12月号, p239
  • 塚本鉄三[S研]ダベリ会顛末記 羞恥の中のSM談義 矢島靖子を縛ってしまった経緯奇譚クラブ1974年(昭和49年)5月号, p30
  • 塚本鉄三S研放談・プレイ会顛末記 前田真知子を囲むダベリ会』1974年(昭和49年)8月号, p182
  • 塚本鉄三S研放談・プレイ会顛末記 前田真知子を囲む会と、その顛末』1974年(昭和49年)8月号, p200
  • 塚本鉄三古都”奈良”の黄昏 森田芙美子の豊満な女体を満喫する奇譚クラブ1974年(昭和49年)10月号, p174
  • 塚本鉄三S研ニュース 女性入会者次々に登場す奇譚クラブ1974年(昭和49年)8月号, p242
  • 塚本鉄三S研ニュース 『SM勉強会』研鑽日記抜粋奇譚クラブ1974年(昭和49年)10月号, p230

引用文献

  1. 北原童夢早乙女宏美『「奇譚クラブ」の人々』(河出書房新社, 2003)
  2. SUN&MOON1978年(昭和53年)8,9月号
  3. 3.0 3.1 奇譚クラブ1970年(昭和45年)7月号, p233

注釈


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