「明智伝鬼」の版間の差分
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2010年6月29日 (火) 18:13時点における版
あけち でんき、1940年(昭和15年)9月11日 - 2005年(平成17年)7月17日
活動内容
緊縛師。
別名
略歴
1940年代、小学生低学年の頃、遊びで女友達を気に縛り興奮していた[1]。
1949年(昭和24年)頃、小学校三年の時、貸本屋で雑誌「奇譚クラブ」に出会う[1]。「デカメロン」や「裏窓」を愛読。
1950年代、中学時代は自転車で15分かけて貸本屋にSM関連雑誌を借りに行く[1]。
1950年代後半、高校時代に「肉体の門」写真集を見、自分で縛って練習。この頃、親の会社が倒産。職人の世界に入る。心臓病の手術[注 1]。
1958年(昭和33年)、職人として独立。
1959年(昭和34年)、初めて女性を緊縛[注 2]。
1970年(昭和45年)頃、再度心臓手術。
1978年(昭和53年)。GSG企画で桜田伝次郎、桜田信と出会う。西荻窪のビルの地下、大塚の「マイウエイ」(SMボンバー)でおこなわれていたGSG企画のショーの後、縛りのテクニックを披露。[2]。
エピソード
- 初めてGSG企画のショーを見た明智の感想は「アンダーグラウンド劇ってかんじだったけど、マニアの目から見ると、とてもSMとは言えなかった。」
代表作
緊縛教材
『縛りの極意』 クリーンバーニー・モッツ・コーポレーション(1997)
引用文献
- ↑ 1.0 1.1 1.2 三枝成彰 他『トーク・セミナー 「性愛」大論点』(小学館, 1999)
- ↑ 北原童夢『明智伝鬼と戦後日本のSM史』in 『変態さんがいく』(別冊宝島編集部, 2000)