「熱海旅館」の版間の差分

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*「かつて上野の某旅館でSM緊縛撮影会というのがあって、その現場に警察が踏み込んだのですよ。で、このS本さんと故[[長田英吉]]師が逮捕されてしまった。その時のモデルの一人が山田詠美で、彼女は出番が終わって帰ったあとだったので難を逃れた。 」([[館淳一]]の「ぐらんぴ日記」2010年12月06日より)
*「かつて上野の某旅館でSM緊縛撮影会というのがあって、その現場に警察が踏み込んだのですよ。で、このS本さんと故[[長田英吉]]師が逮捕されてしまった。その時のモデルの一人が山田詠美で、彼女は出番が終わって帰ったあとだったので難を逃れた。 」([[館淳一]]の「ぐらんぴ日記」2010年12月06日より)
*[[緊美研]]は少なくとも、第2, 3, 4, 5回の会合が[[熱海旅館]]でおこなわれている。
*[[緊美研]]は少なくとも、第2, 3, 4, 5回の会合が[[熱海旅館]]でおこなわれている。
*「熱海旅館の経営者である老女将が病気で入院したために、旅館は開業ということになった。そこで[[緊美研]]の例会会場を、[[ホモフイクタス]]に移した。」


== 引用文献==
== 引用文献==

2016年9月4日 (日) 09:18時点における版

熱海旅館で1985年(昭和60年)12月1日におこなわれた緊美研の第2回会合。「暖房の設備といったら旧式のオイルストープが二つだけという寒い部屋だった」とある。緊美研通信創刊号(1989)より。
熱海旅館の2階で1986年(昭和61年)2月2日におこなわれた緊美研の第4回会合。モデルは村井アキ緊美研通信第2号(1989.2)より。
熱海旅館で1986年(昭和61年)5月4日におこなわれた緊美研の第5回会合。モデルは神谷琴絵。写真は柳井克哉緊美研通信第17号(1996.9)より。

概要

上野の不忍池の近くにあったSM聖地の中の聖地。濡木痴夢男杉浦則夫長田英吉桜田伝次郎明智伝鬼など多くのSM関係者が利用した。

別名

所在地

上野池之端

歴史

1985年(昭和60年)12月1日、熱海旅館にて緊美研の第2回会合。モデルは杉下なおみ藤森奈美江

1996年(平成8年)、緊美研通信第18号に「近く閉鎖になる」とある。

エピソード

引用文献

注釈

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