「100万人のよる」の版間の差分

提供:SMpedia
編集の要約なし
24行目: 24行目:
*よく描いていた絵師は[[歌川大雅]]、[[沖渉二]]、[[笠間しろう]]
*よく描いていた絵師は[[歌川大雅]]、[[沖渉二]]、[[笠間しろう]]
*意外な執筆者が[[高橋鐵]]、[[団鬼六|花巻京太郎]]、[[団鬼六|黒岩松次郎]]
*意外な執筆者が[[高橋鐵]]、[[団鬼六|花巻京太郎]]、[[団鬼六|黒岩松次郎]]
*女性探偵の佐藤みどり<ref group="注">1990年(1990年)没。作家でもあり、日本探偵作家クラブの会員でもあった。</ref>。
*女性探偵の佐藤みどり<ref group="注">1990年(平成2年)没。作家でもあり、日本探偵作家クラブの会員でもあった。</ref>。
*性豪作家時代の胡桃沢耕史が清水正二郎の名前で読物を発表している。
*性豪作家時代の胡桃沢耕史が清水正二郎の名前で読物を発表している。
*カメラマンとして名前があるのが[[吉田潤]]、[[吉田久]]、[[広岡敬一]]、加納勝彦、平田明
*カメラマンとして名前があるのが[[吉田潤]]、[[吉田久]]、[[広岡敬一]]、加納勝彦、平田明
32行目: 32行目:
*「[[100万人のよる]]」に関わっていた人物が[[松尾書房]]を創立<ref name="4th">[[川本耕次]][http://shadow-city.blogzine.jp/net/2010/06/post_0756.html 『昭和ポルノ史 第三章 初期通販本と松尾書房』]</ref>。
*「[[100万人のよる]]」に関わっていた人物が[[松尾書房]]を創立<ref name="4th">[[川本耕次]][http://shadow-city.blogzine.jp/net/2010/06/post_0756.html 『昭和ポルノ史 第三章 初期通販本と松尾書房』]</ref>。
*『100万人のよる臨時増刊 よるとひるの欲望』は奥付がなく、『うごく顔』創刊号の20ページから272ページまで丸ごと再録している。
*『100万人のよる臨時増刊 よるとひるの欲望』は奥付がなく、『うごく顔』創刊号の20ページから272ページまで丸ごと再録している。
== 引用文献==
== 引用文献==
<references/>
<references/>

2011年3月8日 (火) 08:27時点における版

ひゃくまんにんのよる

概要

1956年(昭和31年)に季節風書店より創刊された雑誌。創刊当初は「性科学を中心とした図解風俗誌」とアピールポイントが記されていた。徐々に成人男性向けの画報雑誌へと変化を遂げていく。

発行年・出版社

1956年(昭和31年)4月〜1966年(昭和41年)、季節風書店、新風出版社、プレイグラフ社と出版元が変わる。

発行人・編集人

  • 1956年(昭和31年)4月号は、発行・編集人:山田貞子とある。
  • 1961年(昭和36年)1月号は、発行人:榎本一男、印刷人:森高繁雄で季節風書店とある。
  • 1962年(昭和37年)12月号は、発行人:渡辺勤、印刷人:北川清で株式会社新風社季節風書店とある。

主な出来事

1957年(昭和32年)、品切れバックナンバーを求める読者の要望に応えるべく、既刊号の中から一部分ずつを再編集した合冊版を応急策として発行[注 1]

1958年(昭和33年)、11月号に高木彬光や堀紋之助を招いた座談会「モダンいれずみ 医療の刺青から恥部の刺青まで」を掲載。

1959年(昭和34年)、姉妹誌『世界裸か美画報』創刊[注 2]

1961年(昭和36年)、11月号に花巻京太郎『美女が絶叫する変態観劇パーティー』。

エピソード

引用文献

注釈

  1. 巻号数はカウントされていない。第4集まで発行を確認(by 黒田)。
  2. 1961年(昭和36年)に『裸か美グラフ』と誌名改題
  3. 1990年(平成2年)没。作家でもあり、日本探偵作家クラブの会員でもあった。

お役たちweb

つながり