万朝報
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よろずちょうほう
概説
元祖ゴシップ新聞。伊藤晴雨が記者をしていた新聞。
別名
歴史
1892年(明治25年)11月1日、黒岩涙香により東京で創刊。発行所名は「朝報社」[1]
1940年(昭和15年)10月1日、『東京毎夕新聞』に吸収され廃刊[1]。
所在地
エピソード
- 「よろず重宝」が名前の由来[1]。
- 伊藤晴雨は「万朝報」で働いていた時に江戸中の名所旧跡を見て歩き、その経験をもとに『いろは引・江戸と東京 風俗野史』を出版[2]。
- 「万朝報」時代の新聞記者仲間が中村金六[3]。
引用文献
- ↑ 以下の位置に戻る: 1.0 1.1 1.2 Wikipediaより
- ↑ 『責め絵画家!伊藤晴雨の死とマニヤ族』事件実話1961年(昭和36年)3月14日号。p116-122
- ↑ 川口博『責め絵の女 伊藤晴雨写真帖』(新潮社, 1996)