テレホンセックス
提供:SMpedia
概要
別名
主な出来事
1974年(昭和49年)、清水節子が横浜でテレホンセックス。
1977年(昭和52年)4月、山岸康二主宰のローレンスの秘密クラブにいた綾小路貴子が「湯川いづみ」と改名し、テレホンセックス『湯川いづみ』グループをスタート。大当たりする。1979年(昭和54年)頃をピークに一時下火になる。
1989年(平成元年)NTTがダイヤルQ2を開始すると共に再びテレホンセックスがブームとなり、『湯川いづみ』グループも再び活発化。最盛期は40人の女性が対応。1992年(平成3年)の売上げは2億円に達した。その後は後発(1985年に第一号)のテレクラに食われてしまう。