「森下高茂」の版間の差分

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1954年(昭和29年)、[[奇譚クラブ]]4月号の[http://nawa-art.com/backnumber/1950/195404/01/020.html グラビア]に『'''鞭打つ女と馬になる男'''』と題して、[[Bizarre]]の[[John Willie]]の作品と思われるイラストと写真が「'''天泥盛英'''氏提供」で掲載。同誌の[http://nawa-art.com/backnumber/1950/195404/01/027.html グラビア]に『'''残虐なる女性達'''』と題してDas Grausame Weib誌、Das Leben誌の挿絵、Vala Moro, Tackの作品を[[森下高茂|森本愛造]]の名前で紹介。
1954年(昭和29年)、[[奇譚クラブ]]4月号の[http://nawa-art.com/backnumber/1950/195404/01/020.html グラビア]に『'''鞭打つ女と馬になる男'''』と題して、[[Bizarre]]の[[John Willie]]の作品と思われるイラストと写真が「'''天泥盛英'''氏提供」で掲載。同誌の[http://nawa-art.com/backnumber/1950/195404/01/027.html グラビア]に『'''残虐なる女性達'''』と題してDas Grausame Weib誌、Das Leben誌の挿絵、Vala Moro, Tackの作品を[[森下高茂|森本愛造]]の名前で紹介。


1958年(昭和33年)9月、『[[奇譚クラブ]]』の同好の士を全国から募集。これを機に「'''あけぼの会'''」の設立を計画。「M・S趣味の会。希望者は、世田谷局区内私書函十三号へ」と広告。中条泰太郎、大島、西岡らを部下として3名の女性を会員にあっせんし変態行為をさせる<ref name="gendai"></ref>。
1958年(昭和33年)9月、『[[奇譚クラブ]]』の同好の士を全国から募集<ref group="注">週刊現代での主張だが、該当する広告や記事は[[奇譚クラブ]]からは見つからない([[U]])</ref>。これを機に「'''[[あけぼの会]]'''」の設立を計画。「M・S趣味の会。希望者は、世田谷局区内私書函十三号へ」と広告。[[中条泰太郎]]、大島、西岡らを部下として3名の女性を会員にあっせんし変態行為をさせる<ref name="gendai"></ref>。


1959年(昭和34年)4月頃、「'''[[あけぼの会]]'''」が本格的に活動開始。入会金千円、会費二千円/月。仲介料が3000-5000円。女性は田崎美代子ら12名に増える<ref name="gendai"></ref>。
1959年(昭和34年)4月頃、「'''[[あけぼの会]]'''」が本格的に活動開始。入会金千円、会費二千円/月。仲介料が3000-5000円。女性は田崎美代子ら12名に増える<ref name="gendai"></ref>。
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1959年(昭和34年)7-9月、「みやこホテル」「大洋ホテル」で'''[[あけぼの会]]'''の活動<ref name="gendai"></ref>。
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1959年(昭和34年)10月、代々木山谷の某ホテルで「'''[[あけぼの会]]'''」主催の撮影会。18名参加。この撮影会に参加した会社員の藤倉が、自身の写った写真をねたに30万円を恐喝されたとして、目黒碑文谷署に届け出る<ref name="gendai"></ref>。


1959年(昭和34年)11月、目黒碑文谷署は[[森下高茂]]を、売春防止法違反、恐喝、同未遂、公然ワイセツ等の容疑で逮捕。「あけぼの会」の手入れ<ref name="gendai"></ref>。
1959年(昭和34年)11月、目黒碑文谷署は[[森下高茂]]、[[中条泰太郎]]を、売春防止法違反、恐喝、同未遂、公然ワイセツ等の容疑で逮捕・送検<ref name="gendai"></ref>。


1960年(昭和35年)、別冊[[風俗奇譚]]上に「ニュートリクス([[Nutrix|ヌートリクス]]・コーナー」「[[Nutrix]]画廊」の記事が頻繁に現れる。
1960年(昭和35年)、別冊[[風俗奇譚]]上に「ニュートリクス([[Nutrix|ヌートリクス]]・コーナー」「[[Nutrix]]画廊」の記事が頻繁に現れる。

2022年1月3日 (月) 09:28時点における版

あけぼの会事件の主犯として週刊現代1960年8月28日号[1]。に紹介される森下小太郎
谷貫太レターM』(譚奇会, 1972)(発売:三崎書房)

もりした たかしげ、1927年(昭和2年)[2]。1953年(昭和28年)頃から奇譚クラブ等に森本愛造他の変名で寄稿。欧米フェティ文化の紹介も熱心で米国ヌートリクス社の代理店も。SMサークル「あけぼの会」主宰。

概要

風俗史研究家。文筆家。

別名

谷貫太森本愛造原忠正森下小太郎(本名)、天泥盛栄天泥盛英(アメディオ・モディリエール、あまでもりえ)、フェニクス商会、T. C. Moriscita, マックス・フォン・ティーツェム

「通信や告白文には天泥盛英(アメディオ・モディリエール)を用い、翻訳には森本愛造を用いる」[3]

略歴

印刷会社社長の長男として生まれる[1]

学生時代に知り合う新宿2丁目の赤線のM女性がきっかけでSMを始める[1]

慶応大学仏文科卒業後、家業の印刷会社を手伝う[1]

1953年(昭和28年)、奇譚クラブ4月号に森本愛造乗馬靴と長靴と鞭』p30

1954年(昭和29年)、奇譚クラブ4月号のグラビアに『鞭打つ女と馬になる男』と題して、BizarreJohn Willieの作品と思われるイラストと写真が「天泥盛英氏提供」で掲載。同誌のグラビアに『残虐なる女性達』と題してDas Grausame Weib誌、Das Leben誌の挿絵、Vala Moro, Tackの作品を森本愛造の名前で紹介。

1958年(昭和33年)9月、『奇譚クラブ』の同好の士を全国から募集[注 1]。これを機に「あけぼの会」の設立を計画。「M・S趣味の会。希望者は、世田谷局区内私書函十三号へ」と広告。中条泰太郎、大島、西岡らを部下として3名の女性を会員にあっせんし変態行為をさせる[1]

1959年(昭和34年)4月頃、「あけぼの会」が本格的に活動開始。入会金千円、会費二千円/月。仲介料が3000-5000円。女性は田崎美代子ら12名に増える[1]

1959年(昭和34年)7-9月、「みやこホテル」「大洋ホテル」であけぼの会の活動[1]

1959年(昭和34年)10月、代々木山谷の某ホテルで「あけぼの会」主催の撮影会。18名参加。この撮影会に参加した会社員の藤倉が、自身の写った写真をねたに30万円を恐喝されたとして、目黒碑文谷署に届け出る[1]

1959年(昭和34年)11月、目黒碑文谷署は森下高茂中条泰太郎を、売春防止法違反、恐喝、同未遂、公然ワイセツ等の容疑で逮捕・送検[1]

1960年(昭和35年)、別冊風俗奇譚上に「ニュートリクス(ヌートリクス・コーナー」「Nutrix画廊」の記事が頻繁に現れる。

1960年(昭和35年)、8月28日「週刊現代」に「あけぼの会事件」をたたかれる[4]

1961年(昭和36年)、日本ヌートリクス株式会社(旧泰西出版株式会社ヌートリクス社販売部)設立。

1964年(昭和39年)、あまとりあ社から『ショッキング画集1』を出版。John Willieなどのイラスト集。解説文を濡木痴夢男と共に書いている。

1982年(昭和57年)、「諸君」(文藝春秋社)11月号に森下小太郎三島由紀夫が絶賛した戦後の一大奇書 「家畜人ヤプー」の覆面作家は東京高裁倉田卓次判事』。

1982年(昭和57年)、「諸君」(文藝春秋社)12月号に森下小太郎倉田卓次判事への公開質問状』。

エピソード

  • 奇譚クラブ』『裏窓』『風俗奇譚』などで海外のフェチシズムを紹介。
  • 森下からFakir Musafarを通じて、日本の緊縛写真が米国に流れていた。
  • 濡木痴夢男Fakir Musafarを紹介した。
  • 1981年(昭和56年)の「諸君」(文藝春秋社)で「家畜人ヤプー」の作者沼正三が東京高裁判事倉田卓次氏だということを暴露。
  • 昭和30年代に横浜本牧にSMグッズ店をもっていた[5]
  • 風俗奇譚1961年頃に広告を出していた『泰西出版資料会社』は森下高茂の会社と推測される。本社は横浜市中区北方町1-67。東京出張所は渋谷区上通り3-28(スカラ座筋向かい)の喫茶「ら・ぷらた」となっている。ヌートリクス社の日本総代理店とある。
  • 画報風俗奇譚1961年(昭和36年)10月号, p90には「日本ヌートリクス株式会社(旧泰西出版株式会社ヌートリクス社販売部)提供」とある。
  • 小田急線相模大野駅付近に金髪の夫人と住んでいた[5]

代表作

雑誌

書籍

脚注

  1. 1.0 1.1 1.2 1.3 1.4 1.5 1.6 1.7 1.8 「暴かれた上流階級の変態クラブー映画“甘い生活”の日本版ー」『週刊現代』1960年(昭和35年)8月28日号, p72-74.
  2. ネット情報による
  3. 原忠正名での読者通信 in 奇譚クラブ1960年(昭和35年)2月号
  4. 古田純夫『「あけぼの会事件」に思う』奇譚クラブ1960年(昭和35年)12月号, p162
  5. 5.0 5.1 濡木痴夢男『「奇譚クラブ」の絵師たち』(河出書房新社, 2004)

つながり

濡木痴夢男 Fakir Musafar

お役たちweb


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