歌川豊國

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歌川豊國逢夜雁之声』より(1822年)

うたがわ とよくに、1769年(明和6年)-1825年(文政8年)1月7日。江戸時代後期の浮世絵師。歌川派の地位を確立。1822年(文政5年)の『逢夜雁之声』の中に後手縛りの絵がある。弟子の歌川國貞は1844年に三代目豊國を襲名。

概要

江戸時代後期の浮世絵師。初代歌川豊國。江戸後期・幕末の浮世絵師。

別名

初代歌川豊國、歌川豊国、倉橋熊吉、倉橋熊右衛門、一陽斎

略歴

1769年(明和6年)、人形師五郎兵衛の息子として生まれる。

歌川派の創始者歌川豊春の元で学ぶ。

1792年(寛政4年)頃、歌川國貞が入門。

1794年(寛政6年)、『役者舞台之姿絵』がヒット。

1822年(文政5年)、『逢夜雁之声』の中に後手縛りの絵がある。

1825年(文政8年)、初代歌川豊國が永眠。

1844年(弘化元年)、歌川國貞が三代目歌川豊國を襲名。

エピソード

代表作

引用文献

注釈


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つながり

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