「日劇ミュージックホール」の版間の差分

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1947年(昭和22年)3月、日劇5階の[[日劇ミュージックホール|日劇小劇場]]での東京レビュー『院長さんは恋がお好き』公演で鈴木好子がベリー・ダンスをしながら衣装を次々に脱いでいった。
1947年(昭和22年)3月、日劇5階の[[日劇ミュージックホール|日劇小劇場]]での東京レビュー『院長さんは恋がお好き』公演で鈴木好子がベリー・ダンスをしながら衣装を次々に脱いでいった。


1952年(昭和27年)、日劇5階『日劇小劇場』に[[日劇ミュージックホール]]がオープン。東宝社長であった小林一三の指示。プロデュースは丸尾長顕<ref group="注">文芸作家で宝塚歌劇団の文芸部長だった。「エロチシズムは種族保護本能の発露」と主張。</ref>。越路吹雪を迎えて開幕<ref name="ex01">[http://www.amazon.co.jp/gp/product/4094060065?ie=UTF8&tag=iq05-22&linkCode=as2&camp=247&creative=7399&creativeASIN=4094060065 広岡敬一『戦後性風俗体系 わが女神たち』(朝日出版社, 2000)]</ref>。
1952年(昭和27年)、日劇5階『日劇小劇場』に[[日劇ミュージックホール]]がオープン。東宝社長であった小林一三の指示<ref group="注">小林は最初、エロ抜きを考えていたようだが、第1回越路吹雪公演が悲惨な入りだったために、次第にエロ路線に。</ref>。プロデュースは丸尾長顕<ref group="注">文芸作家で宝塚歌劇団の文芸部長だった。「エロチシズムは種族保護本能の発露」と主張。</ref>。越路吹雪を迎えて開幕<ref name="ex01">[http://www.amazon.co.jp/gp/product/4094060065?ie=UTF8&tag=iq05-22&linkCode=as2&camp=247&creative=7399&creativeASIN=4094060065 広岡敬一『戦後性風俗体系 わが女神たち』(朝日出版社, 2000)]</ref>。


1966年(昭和41年)7月、[[たこ八郎]]が「ハローJAPAN」に元ボクシング王者の異色タレントとして東郷輝久と共に出演<ref name="MH">『The Nichigeki Music Hall』(東宝, 1982)</ref>。
1966年(昭和41年)7月、[[たこ八郎]]が「ハローJAPAN」に元ボクシング王者の異色タレントとして東郷輝久と共に出演<ref name="MH">『The Nichigeki Music Hall』(東宝, 1982)</ref>。

2010年6月11日 (金) 18:16時点における版

歴史

1933年(昭和8年)12月24日、有楽町(現在の阪急デパートの場所)に「日本劇場(日劇)」が誕生。

1936年(昭和11年)1月、「日劇ダンシングチーム」誕生。

1945年(昭和20年)12月、 大戦末期は公演を中止していたが、日劇ダンシングチームの公演再開。

1947年(昭和22年)3月、日劇5階の日劇小劇場での東京レビュー『院長さんは恋がお好き』公演で鈴木好子がベリー・ダンスをしながら衣装を次々に脱いでいった。

1952年(昭和27年)、日劇5階『日劇小劇場』に日劇ミュージックホールがオープン。東宝社長であった小林一三の指示[注 1]。プロデュースは丸尾長顕[注 2]。越路吹雪を迎えて開幕[1]

1966年(昭和41年)7月、たこ八郎が「ハローJAPAN」に元ボクシング王者の異色タレントとして東郷輝久と共に出演[2]

1975年(昭和50年)8月、団鬼六が「ニンフェットは密がおすき」の構成[注 3][2]

1976年(昭和51年)2月、谷ナオミが出演。団鬼六演出による「春の夜の女絵巻」[3][注 4]

1981年(昭和56年)2月24日、 施設の老朽化と東京都の再開発事業により閉館。跡地には有楽町センタービル(有楽町マリオン)が建てられた。

1981年(昭和56年)3月5日、東京宝塚劇場5階に新日劇ミュージックホールがスタート。

1984年(昭和59年)、閉場。

エピソード

  • 1952年(昭和27年)から1958年(昭和33年)ぐらいが全盛期。
  • 伊吹まり、メリー松原、春川ますみ、奈良あけみ、ジプシー・ローズなどが出演した。
  • トニー谷、泉和助、関敬六、E・H・エリックなどが出演した。

引用文献

注釈

  1. 小林は最初、エロ抜きを考えていたようだが、第1回越路吹雪公演が悲惨な入りだったために、次第にエロ路線に。
  2. 文芸作家で宝塚歌劇団の文芸部長だった。「エロチシズムは種族保護本能の発露」と主張。
  3. 藤田敏雄、平田稲雄と。田中真理、瀬間千恵がゲスト。
  4. 『The Nichigeki Music Hall』(東宝, 1982)の全記録には団の名前はない。里吉しげみ、伊藤潤演出、松原美紀、コメディ天国出演。