テンプレート:劇団ナオミ

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PINKY1972年(昭和47年)12月号に紹介されている劇団ナオミの恵通成人映画チェーンでの公演作『私刑部屋

1960年代後半のピンク実演の流れを受け、1970年頃に山邊信雄谷ナオミを主軸として作ったピンク劇団。初期にはタコ八郎なども参加。谷ナオミ劇団 へとつながる。

概要

ヤマベプロ山邊信雄を中心に1970年始めに結成された谷ナオミをメインとするピンク劇団たこ八郎、北海熊(=レオナルド熊)などが出ていた。たこ八郎は最初の1年ぐらい出ていた[1]

別名

谷ナオミ劇団 劇団ナオミ 劇団・ナオミ

主な出来事

1972年(昭和47年)、森村由加が「谷ナオミ劇団に所属」[2][3]

1974年(昭和49年)3月、Deluxe Qt!の『男殺しのオッパイ 谷ナオミ SMで悩殺』で「”劇団ナオミ”を結成し」とある。

1974年(昭和49年)6月、劇団ナオミが未成年者の山谷ますみ[注 1]を雇用していた件で谷ナオミ山邊信雄が逮捕[注 2]。起訴猶予処分[1]

1977年(昭和52年)、谷ナオミ劇団のマネジャーに新田栄が就任。

団員

引用文献

  1. 1.0 1.1 『女優谷ナオミ:伝説のSM女王』西日本スポーツに1999年(平成11年)2月2日から10月ぐらいまで連載
  2. M男性募集SMキング1973年4月号
  3. 成人映画1973年(昭和48年)8月1日 No. 91

注釈

  1. 当時16才。年齢を偽って入団していた。「いろ包丁」「パンティ大作戦」「性の完全犯罪」に出演。
  2. この留置のために谷は『花と蛇』のアフレコができなかった。代理で中川梨絵が吹き込み。

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