戦後、辻村隆、濡木痴夢男、明智伝鬼、志摩紫光、有末剛など、多くの緊縛師が捕縄術の技法を参考にしながら、昭和SMの緊縛スタイルを開発してきた。その意味で、捕縄術は、昭和SMに一定の影響を与えているが、決して捕縄術から昭和SMが誕生したわけではない(→『緊縛の捕縄術起源論』の頁参照)。昭和SMの緊縛の父ともいえる伊藤晴雨が、歌舞伎などの芝居から影響を強く受けて責めの美学を確立したことから考えると、昭和SMのルーツは武術ではなく、大衆文芸にあると考えるべきである。