天堂寺慎
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てんどうじ まこと、しん、1970年代-80年代にSMセレクト、S&Mコレクター、SMファン、別冊SMファン、SMキング、SMクラブ、S&Mフロンティア 、SMフェニックス、SMスパイダーなどに挿絵。男色系も。
概要
SMセレクト、S&Mコレクター、SMファン、別冊SMファン、SMキング、SMクラブ、S&Mフロンティア 、SMフェニックス、SMスパイダーなどの挿絵。
別名
略歴
1973年(昭和48年)5月21日、鬼プロとサン出版の企画による箱根での慰労会[2]。出席者は団鬼六、美濃村晃、堂昌一、小日向一夢、千草忠夫、安芸蒼太郎、小妻容子、前田寿安、沖渉二、古正英生、東桂史、中島喜美、織裳雪夫、松井籟子、蘭光生、天堂寺慎、山田彬弘、曽我部泰、佐藤重臣、ネコ、マリ。
エピソード
- 早川佳克が中学2年頃の思い出(1963頃)として「クラブ雑誌の中にショッキングな挿し絵」「信康は身籠もった側室に不義密通の疑いを抱き逆さ吊りにして責め嬲る」「その後、奇縁をもたらすことになる。というのもその絵を書いていたのは、ひところSM雑誌でも常連の挿し絵画家だった天堂寺慎さんで、そのご本人と私自身が、初めて拘わったSM雑誌の編集者としてお会いする」と書いている[3]
代表作
- 天堂寺慎『異端の影武者』週刊漫画アクション1970年(昭和45年)9月10日号。
- 間宮浩『あるホモの物語』(第二書房, 1971)の挿絵。
- 千草忠夫『背徳のレンズ』SMファン1973年(昭和48年)5月号。挿絵は天堂寺慎。
作品のいくつか
引用文献
- ↑ 縄による緊縛の絵画表現者 29 天堂寺慎(豊田みのる)
- ↑ SMキング1973年(昭和48年)8月号に紹介記事
- ↑ 調教師"髭"のSM半生記
注釈