はっかじょう
安政〜文久、つまり1854年〜1863年の江戸時代には既に使われていたと思われる責め具。梅亭金鵞(金鵞大人、吾妻雄兔子、吾妻男一丁, 1821-1893)の作で、酒井潔『らぶ・ひるたぁ』(文藝市場社, 1929)で紹介されていると、村田誠一が奇譚クラブで紹介している[1]。
「是は年はとりとても 極のきむすめに用ゐる也」。手と足に装着して手脚を広げる。