「エロ法規制の歴史」の版間の差分

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==主な事件==
==主な事件==
1946年(昭和21年), [[カストリ雑誌]]の1つ『猟奇』12月号が摘発。対象は北川千代三の「H大佐夫人」<ref name="hirooka">[http://www.amazon.co.jp/gp/product/4094060065?ie=UTF8&tag=iq05-22&linkCode=as2&camp=247&creative=7399&creativeASIN=4094060065 広岡敬一『戦後性風俗体系 わが女神たち』(朝日出版社, 2000)]</ref>。
1946年(昭和21年), [[カストリ雑誌]]の1つ『猟奇』12月号が摘発。対象は北川千代三の「H大佐夫人」<ref group="注">発禁号は闇市で200円で取引されていた。</ref><ref name="hirooka">[http://www.amazon.co.jp/gp/product/4094060065?ie=UTF8&tag=iq05-22&linkCode=as2&camp=247&creative=7399&creativeASIN=4094060065 広岡敬一『戦後性風俗体系 わが女神たち』(朝日出版社, 2000)]</ref>。


==参考文献==
==参考文献==

2010年1月22日 (金) 08:13時点における版

主な事件

1946年(昭和21年), カストリ雑誌の1つ『猟奇』12月号が摘発。対象は北川千代三の「H大佐夫人」[注 1][1]

参考文献

注釈

  1. 発禁号は闇市で200円で取引されていた。