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千葉県 船橋市 海神町南1-715 | |||
==歴史== | ==歴史== | ||
1970年(昭和45年)12月25日、[[東興業]]の『'''[[西船南口ミュージック]]''' | 1970年(昭和45年)12月25日、[[東興業]]の『'''[[西船南口ミュージック]]'''』(=[[西船淀君]])として開館<ref name="#12584517101">[https://ameblo.jp/cobanobu/entry-12584517101.html cobanobuのブログ「西船南口ミュージック」]</ref>。 | ||
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1996年(平成8年)、閉館<ref name="Jero"></ref> | |||
==エピソード== | ==エピソード== | ||
*「台高95㎝。鏡張りの本舞台、花道の前後に2基の回転盆を有し、県内随一の設備を誇る。80席<ref name="Jero"></ref>」 | |||
*「昭和50年ごろ千葉の盟主の座を大宝系から[[西船OS]]は奪取した」「[[西船OS]]は日本一の観客動員数を誇る劇場にのし上がった<ref name="#12587207255"></ref>。」 | *「昭和50年ごろ千葉の盟主の座を大宝系から[[西船OS]]は奪取した」「[[西船OS]]は日本一の観客動員数を誇る劇場にのし上がった<ref name="#12587207255"></ref>。」 | ||
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2020年4月5日 (日) 09:00時点における最新版
なまえ
概要
別名
所在地
千葉県 船橋市 海神町南1-715
歴史
1970年(昭和45年)12月25日、東興業の『西船南口ミュージック』(=西船淀君)として開館[1]。
1971年(昭和46年)1月11日[2] 、村上興行が買い取り『西船OS劇場』と改名[3]。
1996年(平成8年)、閉館[2]
エピソード
- 「台高95㎝。鏡張りの本舞台、花道の前後に2基の回転盆を有し、県内随一の設備を誇る。80席[2]」
- 「昭和50年ごろ千葉の盟主の座を大宝系から西船OSは奪取した」「西船OSは日本一の観客動員数を誇る劇場にのし上がった[3]。」
- 草加キング、蕨OS、土浦OS、函館OS、生麦ミュージック劇場が西船OS系列店[3]。
- 「OSの名前はキタのOSミュージックが最初」「親会社は東宝でヌード芸術を標榜し上品なストリップを目指した。」「昭和30年代は全裸ストリップいわゆる全ストの時代である。トビタOSや九条OSがあった。これらは上品とは真逆な露出を主体とした下品なストリップを目指した。[3]。」