月岡芳年

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月岡芳年 (1839-1892)

つきおか よしとし、1839年(天保10年)3月17日 - 1892年(明治25年)6月9日

概要

浮世絵師。

別名

Yoshitoshi Tsukioka, 吉岡米次郎(本名)、一画号に玉桜、大蘇、魁斎などがある。

略歴

1850年(嘉永3年)、12歳で歌川国芳に入門。

1985年46歳の時『奥州安達が原ひとつ家の図』を発表。

エピソード

  • 父は旧幕府の御家人[1]
  • 弟子に水野年方。その弟子が鏑木清方。さらにその弟子が伊藤深水
  • 「狂画家」「血まみれ芳年」などと呼ばれていた。
  • 伊藤晴雨が『奥州安達が原ひとつ家の図』を参考に妻を吊して写真にする。
  • 芥川龍之介、谷崎潤一郎、三島由紀夫、江戸川乱歩、横尾忠則が絶賛。
  • 伊藤晴雨其の頃を語る(三) 明治期の被縛画家奇譚クラブ1953年(昭和28年)8月号, p28で解説されている。

代表作

月岡芳年作、「奥州安達が原ひとつ家の図」

奥州安達が原ひとつ家の図[注 1]

引用文献

  1. 伊藤晴雨其の頃を語る(三) 明治期の被縛画家奇譚クラブ1953年(昭和28年)8月号, p28

注釈

  1. 奇譚クラブ1953年(昭和28年)10月号にカラーグラビアで紹介されている。

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