宮トオル

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宮トオル宮トウルの世界』in SCANDAL1972年(昭和47年)1月, 通算2号より
宮トオル亀の子ゲームSMファン1971年(昭和46年)12月創刊号より
宮トオル噴火口SMファン1974年(昭和49年)10月号より
宮トオル雪の日にSMファンタジア1975年(昭和50年)1月号より

みや とおる、1942年(昭和17年)3月5日-2010年(平成22年)4月30日。1942年鹿児島生まれの画家。20代の頃にSMファンにイラスト作品発表。その後油絵に転向。

概要

画家。80年代以降、油絵画家として有名だが、30才前後にあたる1971年(昭和46年)12月、SMファン創刊号にイラスト作品を残している。

別名

宮トオル 宮トウル

略歴

1942年(昭和17年)3月5日、 鹿児島県大島郡伊仙町に生まれる。

1949年(昭和24年)頃、落馬事故の治療のために鹿児島に移り入院治療。

1960年代、浪速短大デザイン科卒業。

1960年代、大阪にて繊維メーカーのためのイラストやファッション専門雑誌などにファッションルポやイラストを寄稿[1]

1964年(昭和39年)、カイゲンのロゴマークをデザイン。

1971年(昭和46年)3月、上京[1]

1971年(昭和46年) 、玉井敬友と知り合う[1][注 1]

1971年(昭和46年)12月、SMファン創刊号にイラスト。

1976年(昭和51年)、いち子夫人と結婚。

1976年(昭和51年)、大島郡伊仙町に27年ぶりの帰島。画家への転向を決意。

1979年(昭和54年)、東京で初のパステル画の個展。

1982年(昭和57年)、油絵に集中。

1991年(平成3年)、「宮トオルふるさと展」

2010年(平成22年)4月30日、永眠。

エピソード

  • 幼少の頃の落馬事故で聴覚を失う。
  • 「とにかく女にもてまくっており、しかも女好きだった」[2]

代表作

引用文献

  1. 1.0 1.1 1.2 宮トウルの世界」in SCANDAL1972年(昭和47年)1月, 通算2号
  2. 玉井敬友 私信 to U, 2012.8.30

注釈

  1. 梅田の喫茶「バンビ」で友人に紹介され意気投合。

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