大塚啓子

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大塚啓子 奇譚クラブ 1958年(昭和33年)7月号より

おおつか けいこ

概要

奇譚クラブ白表紙時代(天星社時代)のモデル。1957年(昭和32年)頃から現れ、同誌で活動期間の最も長いモデルの一人とされている。M性はあまり強くなかったようだ。

略歴

  • 「本業の玩具問屋の女店員を止めて、遂々本職のモデルに転向した。ミナト神戸のRスタジオでピカ一」[1]
  • 一時期、裏窓(1961年(昭和36年)6月、7月号など)にもモデルとして出ていた[2]

エピソード

  • 山本一章辻村隆との対談で大塚啓子について「真からのMではないですね」「よく笑うの困る」「緊張感が出ない」[3]
  • 辻村隆山本一章との対談で大塚啓子について「(最近)整形したという噂だけど」「何でもこちらの言うとおりよくやってくれるが、一寸文句が多い」「露出を嫌う」「そのくせ案外開放的で大胆」「箕田さんが甘やかしたからかもしれませんよ」「大塚啓子はいつも箕田さんと一緒」「いいところは、明朗快活無邪気、はきはきしていて、ちっとも暗いところのない」と述べている[3]

関連作品

引用文献

  1. 辻村隆「話の屑籠』奇譚クラブ1959年(昭和34年)11月号, p20
  2. 昭和なつかし奇譚クラブ分譲写真より
  3. 3.0 3.1 辻村隆辻村隆山本一章対談 緊縛モデル秘奥談義』奇譚クラブ1967年(昭和42年)5月号, p26

注釈

  1. 奇譚クラブ1964年(昭和39年)2月号, p34塚本鉄三が「苦心の作」とコメント。

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つながり

奇譚クラブのモデル達